2004年に勤務先が原因でパニック障害とうつを発症して、その後退職。現在も治療継続。まだまだ周囲の助けが必要だけれど、少しずつ回復しています。
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■2005.7.12.からブログスタート
最初の日に書いた記事たちは
こちら⇒「2005.7.12.」
■但し、一度ブログを引っ越した為に画像が無い記事が多いです。
引っ越し前のブログは
こちら⇒「てくてく日記(引っ越し前)」
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昨日は友人といっぱいいっぱいお話しました。
いつも思うのですが、こうして友人たちと出会い、話すことによって自分を見つめ直す機会を頂いているということです。
普段は、両親や主治医などに主に想いをぶつけているのですが、同年代の友人たちの話から、自分自身の実年齢のことを凄く感じ、また、同年代の社会に出ている人達の考え方を知るきっかけをいただいています。
今までも、自分の治療方針を大きく変えるきっかけをくれていたのは、友人たちとの会話でした。
友人たちに自分の話を聞いてもらう中で、自分が本当はこう考えていた、とか、自分がこうなりたいと思っていた、とかを改めて思い出させるきっかけも頂いています。
昨日会ってくれた友人は別れ際に「また一人で行動するのが不安な時があったら遠慮なく声かけてね」と言ってくれました。
彼女の貴重なお休みを一日付き合ってくれたことに本当に感謝です。
いつもいつもありがとう。
昨日は、苦手な方面への電車乗車という課題だったのですが、一人だったらちょっとパニックになっていたかもしれません。
と言うのも、地元の駅に着いたら乗る予定だった電車よりも前の電車に間に合ってしまったのです。
もう、結構、頭が真っ白で、
その場で待っているということも不安なので乗り込んだのは良いのですが、これは当初の予定と違って乗り換えなきゃいけなくて、それを彼女に上手く伝えられず、危うく行き違いになるところでした。
反省。
うーん、予定通りの電車まで待てなかった自分が悪いです。
もうドキドキし過ぎて訳が分からなくなっていました。
次回の電車練習の課題ですね。
あと、携帯電話に救われました。
本当に便利です。もう三種の神器ですよ。
なんとか彼女と合流出来て、話しながら電車の練習が出来たのは本当にありがたかったです。
ひとりだと不安になっているところを、彼女と話していると楽しいのでいつの間にか目的地に着いているのです。
凄く凄く助かりました。
また、そもそもの予定なのですが、そのお店でもちょっとわわわぁってなっていたのですが、彼女のおかげで、それも何とか無事に終わることが出来ました。本当にありがとう。
話は戻りますが、彼女と話していると、色んなことがクリアになっていく感じがします。
私がこれから何を目標にしていけば良いのか、今何をしたら良いのか、それを再確認出来ます。
何よりも嬉しいことは、彼女が私の僅かな前進を認めてくれて、褒めてくれることです。
傍から見たら「どこがどう前進しているんだ?」と思われがちなのですが(実際に言われたことが未だにトラウマとして残っています)、そこを理解してくれて肯定してくれて応援してくれる。
「無理しなくて良いよ」「自分のペースで良いよ」と言ってくれる。
「凄く頑張っているね」「前に進んでいるね」「良くなったね」と認めてくれる。
その言葉がどれ程嬉しいか、どれ程心強いか。
私がパニックになったり退行しても「相手が私だから大丈夫だよ」と言ってくれる。
「退行が治るのが早くなったね」と気付いてくれる。
なんだろう。
本当、感謝しかないのです。
もちろん、彼女だけではありません。
今の状態の私と付き合い続けてくれている友人たち、公民館活動や習い事で関わらせていただいている方たち、沢山の大切な方たちに支えられて、今の私が居ます。
今、生きています。生かされています。
そんな方たちに出会えたことが、本当に幸せだと思うんです。ありがたいと思うんです。
特に両親は、親不孝で申し訳ない、いつまでも自立できなくて働けなくて申し訳ないと言うと
「元気になることが一番の親孝行だよ」「今やっていることが全部治療なんだから気にしなくて良いよ」
と言ってくれます。
本当に感謝しかありません。
ただ、残念なのは、この自分の幸せに気付くのに数年かかったことです。
それまでのことは、実はあまり覚えていませんが、数年かかってでも気付けたことが幸せだと思います。
気付けたからこそ、頑張れたことがあります。
目標に目指して進むことが出来ます。
人生一度切り。
当たり前なんだけれど、今自分が「当たり前」だと感じていることがどれだけ「幸せ」なことなのか、再確認させてくれる、そんな時間でした。
ありがとうございました。
よし。
パワーを頂いたので、それで頑張りましょう。
また出来た新たな目標に向けて、一歩ずつ。
いつも思うのですが、こうして友人たちと出会い、話すことによって自分を見つめ直す機会を頂いているということです。
普段は、両親や主治医などに主に想いをぶつけているのですが、同年代の友人たちの話から、自分自身の実年齢のことを凄く感じ、また、同年代の社会に出ている人達の考え方を知るきっかけをいただいています。
今までも、自分の治療方針を大きく変えるきっかけをくれていたのは、友人たちとの会話でした。
友人たちに自分の話を聞いてもらう中で、自分が本当はこう考えていた、とか、自分がこうなりたいと思っていた、とかを改めて思い出させるきっかけも頂いています。
昨日会ってくれた友人は別れ際に「また一人で行動するのが不安な時があったら遠慮なく声かけてね」と言ってくれました。
彼女の貴重なお休みを一日付き合ってくれたことに本当に感謝です。
いつもいつもありがとう。
昨日は、苦手な方面への電車乗車という課題だったのですが、一人だったらちょっとパニックになっていたかもしれません。
と言うのも、地元の駅に着いたら乗る予定だった電車よりも前の電車に間に合ってしまったのです。
もう、結構、頭が真っ白で、
その場で待っているということも不安なので乗り込んだのは良いのですが、これは当初の予定と違って乗り換えなきゃいけなくて、それを彼女に上手く伝えられず、危うく行き違いになるところでした。
反省。
うーん、予定通りの電車まで待てなかった自分が悪いです。
もうドキドキし過ぎて訳が分からなくなっていました。
次回の電車練習の課題ですね。
あと、携帯電話に救われました。
本当に便利です。もう三種の神器ですよ。
なんとか彼女と合流出来て、話しながら電車の練習が出来たのは本当にありがたかったです。
ひとりだと不安になっているところを、彼女と話していると楽しいのでいつの間にか目的地に着いているのです。
凄く凄く助かりました。
また、そもそもの予定なのですが、そのお店でもちょっとわわわぁってなっていたのですが、彼女のおかげで、それも何とか無事に終わることが出来ました。本当にありがとう。
話は戻りますが、彼女と話していると、色んなことがクリアになっていく感じがします。
私がこれから何を目標にしていけば良いのか、今何をしたら良いのか、それを再確認出来ます。
何よりも嬉しいことは、彼女が私の僅かな前進を認めてくれて、褒めてくれることです。
傍から見たら「どこがどう前進しているんだ?」と思われがちなのですが(実際に言われたことが未だにトラウマとして残っています)、そこを理解してくれて肯定してくれて応援してくれる。
「無理しなくて良いよ」「自分のペースで良いよ」と言ってくれる。
「凄く頑張っているね」「前に進んでいるね」「良くなったね」と認めてくれる。
その言葉がどれ程嬉しいか、どれ程心強いか。
私がパニックになったり退行しても「相手が私だから大丈夫だよ」と言ってくれる。
「退行が治るのが早くなったね」と気付いてくれる。
なんだろう。
本当、感謝しかないのです。
もちろん、彼女だけではありません。
今の状態の私と付き合い続けてくれている友人たち、公民館活動や習い事で関わらせていただいている方たち、沢山の大切な方たちに支えられて、今の私が居ます。
今、生きています。生かされています。
そんな方たちに出会えたことが、本当に幸せだと思うんです。ありがたいと思うんです。
特に両親は、親不孝で申し訳ない、いつまでも自立できなくて働けなくて申し訳ないと言うと
「元気になることが一番の親孝行だよ」「今やっていることが全部治療なんだから気にしなくて良いよ」
と言ってくれます。
本当に感謝しかありません。
ただ、残念なのは、この自分の幸せに気付くのに数年かかったことです。
それまでのことは、実はあまり覚えていませんが、数年かかってでも気付けたことが幸せだと思います。
気付けたからこそ、頑張れたことがあります。
目標に目指して進むことが出来ます。
人生一度切り。
当たり前なんだけれど、今自分が「当たり前」だと感じていることがどれだけ「幸せ」なことなのか、再確認させてくれる、そんな時間でした。
ありがとうございました。
よし。
パワーを頂いたので、それで頑張りましょう。
また出来た新たな目標に向けて、一歩ずつ。

