2004年に勤務先が原因でパニック障害とうつを発症して、その後退職。現在も治療継続。まだまだ周囲の助けが必要だけれど、少しずつ回復しています。
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■2005.7.12.からブログスタート
最初の日に書いた記事たちは
こちら⇒「2005.7.12.」
■但し、一度ブログを引っ越した為に画像が無い記事が多いです。
引っ越し前のブログは
こちら⇒「てくてく日記(引っ越し前)」
最初の日に書いた記事たちは
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引っ越し前のブログは
こちら⇒「てくてく日記(引っ越し前)」
アクセス解析
書道教室に行くのは、自分の中でかなり大きな行動治療です。
何回も書いたと思うのですが、以前の書道教室は、先生にマンツーマンで教えていただいていました。
それこそ、一番悪い状態の時から縁あって通わせていただいていたのです。
あの頃は、書道をしている時が唯一「生きてていいんだ」と思わせてくれる時間だったのです。
「何の為に生きているのか」「生きている意味はあるのが」「死んだ方が迷惑かけないんじゃないのか」などなど。
まぁ、今でも体調が悪化すると上記のようなことを思うし口にして泣き叫んだりしているのですが、当時は毎日のように思っていたし、希死概念だけで済まずに実行に移そうとしていたのを、何度も母に止められました。
おかげで、今こうして生きているんですけれどね。生かされているんですよね。
母には感謝ばかりです。
まともに喋れず、普通の文字も書けず。
そんな私が書道だけはまともな文字が書けます。(書道はお手本があってそれを見て書くという模写から始まりますからね。)
そんな状態でも先生は受け入れてくださいました。
母にとっても唯一、私から離れて(当時は母は仕事を辞めて24時間体制で私の介護をしてくれていました)休息できる時間でした。(今も私のせいで母の活動は色々と制限されているのですが…申し訳ないことです。まだまだ介護してもらっています。いつになったら自立出来るのか。)
その先生も体調が悪化されて教室を閉められることになり、私は今の教室に移籍しました。
前の先生のおかげで、近所で私を受け入れてくださる今の先生の教室に出会えました。
前の教室は家から車で1時間以上の場所でした。今は車で20分くらいの場所です。
とても近くなりました。母の負担も減りました。
ところが、今の教室は時間制で、数人のメンバーさんと同時にお稽古をします。
それが普通なのですが、いかんせん、私は今まで自分の好きな時間(体調の変化が今よりも酷かったので時間通りに動けなかったのです)に先生宅に伺い、気が済むまで時間を気にすることなくお稽古させていただいていました。
しかも生徒は私一人だったので、思いっきり退行しながら書いていました。
まず、一番は時間通りに行く事と、時間が来たら終わるというのが難しかったです。
そして、他の生徒さんの手前(小中学生のお子さんと同じ時間でした)退行してはいけないと思ってしまって、緊張感がとても酷かったのです。
その結果、今の教室に変わってからの4年間は、一年の内、四分の一は体調不良で休むということが続いていました。
主治医にも色々と相談してきました。
そこで、昨年度から思い切って大人の教室の時間帯に変更させて頂きました。(公民館のボランティアと同じ時間なので、そちらを休むことになるので中々踏み出せませんでした。逆に、公民館のボランティアも休めない日があるので、その時は書道教室を休んで他の日に振り替えさせていただいています。)
そして初めての時に、疲れたら退行する旨を他のメンバーさんに伝えさせて頂きました。
ありがたいことに、大人の教室の皆さんは退行したまま書いている私にも優しく接してくださったのです。
お陰さまで、今の教室に通い始めて5年目にしてようやくほぼ1年間を通してお稽古に通うことが出来ました。
また、みなさんから刺激を頂いて、家で練習出来るようにもなりました。
相変わらず、遅刻は続いていますが、行ける事が何よりも嬉しいです。
今年度は昨年よりも出来ることを増やそうと、意気込みだけはあるのですが、ご覧のように先週から家で練習出来ない状態が続いているのでどうなることやら。
兎に角、今、習える時に技術を身に着けて、これもまたいつか社会復帰出来た時の仕事に繋げられたら良いなと思い書道の稽古を続けています。
今でもまともな文字が書けない時があるので、書道の存在はありがたいです。
これからも自分のペースで頑張りたいです。
何回も書いたと思うのですが、以前の書道教室は、先生にマンツーマンで教えていただいていました。
それこそ、一番悪い状態の時から縁あって通わせていただいていたのです。
あの頃は、書道をしている時が唯一「生きてていいんだ」と思わせてくれる時間だったのです。
「何の為に生きているのか」「生きている意味はあるのが」「死んだ方が迷惑かけないんじゃないのか」などなど。
まぁ、今でも体調が悪化すると上記のようなことを思うし口にして泣き叫んだりしているのですが、当時は毎日のように思っていたし、希死概念だけで済まずに実行に移そうとしていたのを、何度も母に止められました。
おかげで、今こうして生きているんですけれどね。生かされているんですよね。
母には感謝ばかりです。
まともに喋れず、普通の文字も書けず。
そんな私が書道だけはまともな文字が書けます。(書道はお手本があってそれを見て書くという模写から始まりますからね。)
そんな状態でも先生は受け入れてくださいました。
母にとっても唯一、私から離れて(当時は母は仕事を辞めて24時間体制で私の介護をしてくれていました)休息できる時間でした。(今も私のせいで母の活動は色々と制限されているのですが…申し訳ないことです。まだまだ介護してもらっています。いつになったら自立出来るのか。)
その先生も体調が悪化されて教室を閉められることになり、私は今の教室に移籍しました。
前の先生のおかげで、近所で私を受け入れてくださる今の先生の教室に出会えました。
前の教室は家から車で1時間以上の場所でした。今は車で20分くらいの場所です。
とても近くなりました。母の負担も減りました。
ところが、今の教室は時間制で、数人のメンバーさんと同時にお稽古をします。
それが普通なのですが、いかんせん、私は今まで自分の好きな時間(体調の変化が今よりも酷かったので時間通りに動けなかったのです)に先生宅に伺い、気が済むまで時間を気にすることなくお稽古させていただいていました。
しかも生徒は私一人だったので、思いっきり退行しながら書いていました。
まず、一番は時間通りに行く事と、時間が来たら終わるというのが難しかったです。
そして、他の生徒さんの手前(小中学生のお子さんと同じ時間でした)退行してはいけないと思ってしまって、緊張感がとても酷かったのです。
その結果、今の教室に変わってからの4年間は、一年の内、四分の一は体調不良で休むということが続いていました。
主治医にも色々と相談してきました。
そこで、昨年度から思い切って大人の教室の時間帯に変更させて頂きました。(公民館のボランティアと同じ時間なので、そちらを休むことになるので中々踏み出せませんでした。逆に、公民館のボランティアも休めない日があるので、その時は書道教室を休んで他の日に振り替えさせていただいています。)
そして初めての時に、疲れたら退行する旨を他のメンバーさんに伝えさせて頂きました。
ありがたいことに、大人の教室の皆さんは退行したまま書いている私にも優しく接してくださったのです。
お陰さまで、今の教室に通い始めて5年目にしてようやくほぼ1年間を通してお稽古に通うことが出来ました。
また、みなさんから刺激を頂いて、家で練習出来るようにもなりました。
相変わらず、遅刻は続いていますが、行ける事が何よりも嬉しいです。
今年度は昨年よりも出来ることを増やそうと、意気込みだけはあるのですが、ご覧のように先週から家で練習出来ない状態が続いているのでどうなることやら。
兎に角、今、習える時に技術を身に着けて、これもまたいつか社会復帰出来た時の仕事に繋げられたら良いなと思い書道の稽古を続けています。
今でもまともな文字が書けない時があるので、書道の存在はありがたいです。
これからも自分のペースで頑張りたいです。
私はいつもスケジュール帳(手作りのものをいただいたもの)を持ち歩いています。
そこに決まった予定や、やりたいこと、必ず休む日、などなど書き込んでいます。
もうボロボロです。
補強しているけれど1年もつかしら。というレベルです。
予定を決める上で一番困るのはお友達と会う日です。
なぜなら、他の用事は習い事や公民館活動なので曜日と時間帯が決まっているのですが、お友達と会う日はその月ごとに違うからです。
予定を決める上でももうひとつ困るのは自分が一日にこなせる予定がひとつで精一杯なのと、連続して外出出来る日が限られてくるので休みの日を作らなくてはいけないことです。
また、お友達は私と違って働いていたり、家庭もあるので、私よりも忙しいと思います。
そんな中で、会う時間を作ってもらうので、なるべく早く予定を決めたいのが本音です。
でも、お仕事の関係でシフトが出るのがギリギリになったりすると、こちらは連絡を待つのみです。
なんで私がこんなに早くに予定を決めたいかと言うと、先ほど述べた自分の困りごとが関係しています。
お友達は、例えば仕事の後に予定を入れたり、一日に何個も予定を入れたり出来ます。
でも、私にはそれが出来ません。
一日一個で精一杯です。
前回、ダブルブッキングしてしまったことも、不安材料のひとつです。
また、自分が思うよりも自分は体力も気力もないので、予定していたのをドタキャンしてしまわないか、予定の組み立てに無理がないか、不安でいつも母に確認してもらいます。
母のアドバイスがないと、私は予定一つも決められません。
自分で上手く認識出来ないんです。
一月に何回も母に予定の相談をします。
その日に決まっても動けないので、前もって決めてもらわないといけないというのも理由のひとつですね。
いつも予定のことで頭を悩ませています。
目標としては、毎日外出できる体力と気力を身に着けることを掲げています。
それが出来るようになれば、また社会復帰に近付けるからです。
乗り物も練習もしています。
いつか仕事を探す時に、探す範囲が増えるようにです。
毎日、リハビリ。
毎日、行動療法。
そう自分に言い聞かせながらしているのですが、中々上手くいきませんね。
今日みたいな日もあります。
先週から書道予定日に全く書道が出来ていません。
また、自宅で行う運動予定日も、しんどくて座っているのが精一杯なので、運動出来ません。
もう少し痩せないといけないんですけれどね。
頑張ろう。
そこに決まった予定や、やりたいこと、必ず休む日、などなど書き込んでいます。
もうボロボロです。
補強しているけれど1年もつかしら。というレベルです。
予定を決める上で一番困るのはお友達と会う日です。
なぜなら、他の用事は習い事や公民館活動なので曜日と時間帯が決まっているのですが、お友達と会う日はその月ごとに違うからです。
予定を決める上でももうひとつ困るのは自分が一日にこなせる予定がひとつで精一杯なのと、連続して外出出来る日が限られてくるので休みの日を作らなくてはいけないことです。
また、お友達は私と違って働いていたり、家庭もあるので、私よりも忙しいと思います。
そんな中で、会う時間を作ってもらうので、なるべく早く予定を決めたいのが本音です。
でも、お仕事の関係でシフトが出るのがギリギリになったりすると、こちらは連絡を待つのみです。
なんで私がこんなに早くに予定を決めたいかと言うと、先ほど述べた自分の困りごとが関係しています。
お友達は、例えば仕事の後に予定を入れたり、一日に何個も予定を入れたり出来ます。
でも、私にはそれが出来ません。
一日一個で精一杯です。
前回、ダブルブッキングしてしまったことも、不安材料のひとつです。
また、自分が思うよりも自分は体力も気力もないので、予定していたのをドタキャンしてしまわないか、予定の組み立てに無理がないか、不安でいつも母に確認してもらいます。
母のアドバイスがないと、私は予定一つも決められません。
自分で上手く認識出来ないんです。
一月に何回も母に予定の相談をします。
その日に決まっても動けないので、前もって決めてもらわないといけないというのも理由のひとつですね。
いつも予定のことで頭を悩ませています。
目標としては、毎日外出できる体力と気力を身に着けることを掲げています。
それが出来るようになれば、また社会復帰に近付けるからです。
乗り物も練習もしています。
いつか仕事を探す時に、探す範囲が増えるようにです。
毎日、リハビリ。
毎日、行動療法。
そう自分に言い聞かせながらしているのですが、中々上手くいきませんね。
今日みたいな日もあります。
先週から書道予定日に全く書道が出来ていません。
また、自宅で行う運動予定日も、しんどくて座っているのが精一杯なので、運動出来ません。
もう少し痩せないといけないんですけれどね。
頑張ろう。

