2004年に勤務先が原因でパニック障害とうつを発症して、その後退職。現在も治療継続。まだまだ周囲の助けが必要だけれど、少しずつ回復しています。
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■2005.7.12.からブログスタート
最初の日に書いた記事たちは
こちら⇒「2005.7.12.」
■但し、一度ブログを引っ越した為に画像が無い記事が多いです。
引っ越し前のブログは
こちら⇒「てくてく日記(引っ越し前)」
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アクセス解析
昨日、お花の時に○さんに園のことを聞いていたんだ。
私が勤めていた時とはかなり変わってしまった園。
先月いっぱいで、園長先生と副園長先生が退職され、
昔から勤められていた方々も次々と退職され、
法律の改正に伴い、園内の様々なことも変わり、
新しい体制、新しい職員、新しい利用者と変わり続ける園。
今日は、一年に一度の園祭り。
大手を振って行くことのできる日だった。
7年前、右も左もわからないまま、就職した私は、
新しく療護施設となった園の中で、リハビリ部門を立ち上げるという役目を担っていた。
知識も技術もまだまだな私のために、週に一度、理事長が経営されている病院のリハビリ室に実習のような形で勉強をする機会を与えてくださった。
園内では、新しいことを始めるにあたり、色々言われたりもしたけれど、私はわからないなりに駆け回った。
今までの園のリズムの中に入り込むのだから、最初はなかなか受け入れられないのは当たり前だと思う。
それでも、自分なりに必死に頑張った。
一人職場ではあったが、支えてくださる方々が居た。
相談に乗ってくださる方々が居た。
だから、頑張れた。
辛いこともあったけど、嬉しいこともあった。
かけがえのない出会いもあった。
病気を発症するきっかけにもなった場所だけれど、
悪化させていった場所だけど、
それでも、仕事はやりがいがあったし、
利用者さん、職員さんは温かかった。
結局、途中で働けなくなったけど、やり残したことはまだまだいっぱいあった。
だからこそ、きっとこれから先も、私にとって園は特別な場所であり続けると思う。
退職してからも、時折お邪魔させていただいていた。
それはひとえに、園長先生を始め、職員の皆さん、利用者のみなさんが私が、来園することを、受け入れてくださったからだ。
最初の頃は、来園すると退行していた。
迷惑もいっぱいかけた。
それでも、受け入れてくれた。
一時は、書道クラブに参加させてもらっていたけれど、
いつからか、行くことが出来なくなってしまった。
それでも、自分の中で、乗り越えなきゃいけないものがあって、
それは、園に関わるものであって、
頭で考えているよりも、実際に行くことで乗り越えられるものであって・・・
そんなこんなで、園の祭りは、私にとって大切なきっかけであり、
大きなステップとなる行事でもあるのです。
去年、久しぶりにひとりで園の祭りに行って、
結局退行してしまったけれど、無事に帰ってくることが出来ました。
両親にはかなり心配をかけてしまいました。
そして、今年。
去年よりも成長した自分を感じることが出来ました。
テンションを上げるでもなく、自分の中ではなるべく淡々と。
だけど、やっぱり泣いてしまいました。
でも、それは退行して泣いたのではなく、
一回目は、利用者さんが、お母様が亡くなってからのことを話された時と、
二回目は、まもなく退職される方と、退職された方に、祭りが終わって帰ろうとしたら偶然にお会い出来た時でした。
今日の来園では、
ひとつの時代が終わって行くというのを実感し、
自分がそこに居れたことに感謝し、
叱ってくれた方々に感謝し、
励ましてくれた方々に感謝し、
今も受け入れてくださる方々に感謝し、
出逢えた全ての人に感謝し、
就職してからの色んな事が頭の中を駆け巡り、
早く良くなろうと、改めて思えた一日でした。
本当に、本当に、少しずつの歩みですが、
確実に良くなっていると思うので、
一日でも早く、普通に生活できるように、
ひとり立ちできるように、
一日一日を大切に生きていきたいと思います。
日々、感謝。
私が勤めていた時とはかなり変わってしまった園。
先月いっぱいで、園長先生と副園長先生が退職され、
昔から勤められていた方々も次々と退職され、
法律の改正に伴い、園内の様々なことも変わり、
新しい体制、新しい職員、新しい利用者と変わり続ける園。
今日は、一年に一度の園祭り。
大手を振って行くことのできる日だった。
7年前、右も左もわからないまま、就職した私は、
新しく療護施設となった園の中で、リハビリ部門を立ち上げるという役目を担っていた。
知識も技術もまだまだな私のために、週に一度、理事長が経営されている病院のリハビリ室に実習のような形で勉強をする機会を与えてくださった。
園内では、新しいことを始めるにあたり、色々言われたりもしたけれど、私はわからないなりに駆け回った。
今までの園のリズムの中に入り込むのだから、最初はなかなか受け入れられないのは当たり前だと思う。
それでも、自分なりに必死に頑張った。
一人職場ではあったが、支えてくださる方々が居た。
相談に乗ってくださる方々が居た。
だから、頑張れた。
辛いこともあったけど、嬉しいこともあった。
かけがえのない出会いもあった。
病気を発症するきっかけにもなった場所だけれど、
悪化させていった場所だけど、
それでも、仕事はやりがいがあったし、
利用者さん、職員さんは温かかった。
結局、途中で働けなくなったけど、やり残したことはまだまだいっぱいあった。
だからこそ、きっとこれから先も、私にとって園は特別な場所であり続けると思う。
退職してからも、時折お邪魔させていただいていた。
それはひとえに、園長先生を始め、職員の皆さん、利用者のみなさんが私が、来園することを、受け入れてくださったからだ。
最初の頃は、来園すると退行していた。
迷惑もいっぱいかけた。
それでも、受け入れてくれた。
一時は、書道クラブに参加させてもらっていたけれど、
いつからか、行くことが出来なくなってしまった。
それでも、自分の中で、乗り越えなきゃいけないものがあって、
それは、園に関わるものであって、
頭で考えているよりも、実際に行くことで乗り越えられるものであって・・・
そんなこんなで、園の祭りは、私にとって大切なきっかけであり、
大きなステップとなる行事でもあるのです。
去年、久しぶりにひとりで園の祭りに行って、
結局退行してしまったけれど、無事に帰ってくることが出来ました。
両親にはかなり心配をかけてしまいました。
そして、今年。
去年よりも成長した自分を感じることが出来ました。
テンションを上げるでもなく、自分の中ではなるべく淡々と。
だけど、やっぱり泣いてしまいました。
でも、それは退行して泣いたのではなく、
一回目は、利用者さんが、お母様が亡くなってからのことを話された時と、
二回目は、まもなく退職される方と、退職された方に、祭りが終わって帰ろうとしたら偶然にお会い出来た時でした。
今日の来園では、
ひとつの時代が終わって行くというのを実感し、
自分がそこに居れたことに感謝し、
叱ってくれた方々に感謝し、
励ましてくれた方々に感謝し、
今も受け入れてくださる方々に感謝し、
出逢えた全ての人に感謝し、
就職してからの色んな事が頭の中を駆け巡り、
早く良くなろうと、改めて思えた一日でした。
本当に、本当に、少しずつの歩みですが、
確実に良くなっていると思うので、
一日でも早く、普通に生活できるように、
ひとり立ちできるように、
一日一日を大切に生きていきたいと思います。
日々、感謝。
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